2020年3月7日 | 召された証し
2020年3月7日 | 訓練生活の証し
わたしはチャーチキッズとして長く召会生活にかかわってきましたが、集会を避けていた時期もあり、主の事を語ったり、祈ったり、牧養したり、福音を伝えたりすることはできませんでした。ですので、集会に参加しても詩歌を歌う以外、何も楽しくはありませんでした。...
2019年10月31日 | 召された証し
わたしは大学二年生の時、東京全時間訓練の集中講義に参加しました。そこで印象付けられたのは、主イエス・キリストを享受することによって、主の選択を取ることができる、ということでした。 イザヤ7:15は言います、 彼はバターと蜜を食べ、いかに悪を捨て、善を選ぶかを知るに至る。...
2019年10月31日 | 召された証し
わたしは大学二年生の時、東京全時間訓練の集中講義に参加しました。そこで印象付けられたのは、主イエス・キリストを享受することによって、主の選択を取ることができる、ということでした。 イザヤ7:15は言います、 彼はバターと蜜を食べ、いかに悪を捨て、善を選ぶかを知るに至る。...
2018年3月7日 | 訓練生活の証し
小さい頃から祖父の影響により訓練に入ることを願っていました。そして、大学の四年間が終わり3月の下旬にとうとう待ち望んでいた全時間訓練が始まりました。しかし、初日の予備訓練でのクラスが終わり、自分はついていけるのか?やっていけるのか?と不安にさせられるような考えが次々と出てきました。その時は、自分がどうであるとか、自分には〇〇がないとか、自分にはできそうもないとか、自分が…自分が…と完全に自分が中心になってしまっていました。自分が評価基準になっており、その時は信仰というものはなくなっていました。...