不信仰は信仰に変わる

小さい頃から祖父の影響により訓練に入ることを願っていました。そして、大学の四年間が終わり3月の下旬にとうとう待ち望んでいた全時間訓練が始まりました。しかし、初日の予備訓練でのクラスが終わり、自分はついていけるのか?やっていけるのか?と不安にさせられるような考えが次々と出てきました。その時は、自分がどうであるとか、自分には〇〇がないとか、自分にはできそうもないとか、自分が…自分が…と完全に自分が中心になってしまっていました。自分が評価基準になっており、その時は信仰というものはなくなっていました。...

主をエンジョイした甘さを思い出して

わたしは自分があわれもうとする者をあわれみ、慈しもうとする者を慈しむ。ローマ9:15 神の主権あるあわれみのゆえに主に感謝します。私はチャーチキッズとして育ちました。小学校の頃、同年代の兄弟姉妹と詩歌を歌うのがとても楽しかったのを今でも覚えています。個人的にも聖書を読み、祈り、とても主を享受していました。...

在職者から訓練へ

わたしが全時間訓練に参加するきっかけとなったのは、 2012年12月に名古屋で行われた全時間訓練生による集会の後、 兄弟たちに勧められたのがきっかけでした。5年程前ショートタームで 3ヶ月ほど訓練にあずかった時、数人の兄弟たちから訓練の継続を勧められたのですが、当時わたしは年齢的に見ても「今から訓練で2年間を捧げることは難しい」と判断し訓練の継続を断念しました。...