2019年3月7日 | 訓練生活の証し
エホバに信頼し、その信頼がエホバである者は幸いである。彼は水のほとりに移植された木のようになり、その根を川のそばに伸ばし、暑さが来ても恐れない。その葉は茂ったままで、干ばつの年にも心配することはなく、実を結ぶことをやめない。エレミヤ 17:7-8...
2019年3月7日 | 訓練生活の証し
まことに、主エホバは、彼の秘密を彼のしもべ、預言者たちに啓示しないでは、何事もなさらない。アモス 3:7 私は今まで神のみこころを知る重要性を知らなかったので、自分の良いと思うこと祈ったり、ただ訓練で決められていることを理由もわからずおこなったりしていました。しかし、何をやるにしても、まず神の心の内にある願いを尋ね求める必要があることに気づかされました。...
2019年3月7日 | 訓練生活の証し
私は訓練に入る前、個人的に祈り読みをすることがとても苦手でした。特に朝、朝ごとに出てくる御言葉が難しい日は、触れることができませんでした。 しかし訓練に入って、朝ごとの復興について学んだ時、なぜ触れられなかったのかを、主から照らされました。それはまず祈り読みをするとき霊を活用していなかったからです。御言葉の意味を全部理解しようとして、思いに入ってしまっていたことを主から照らされました。わたしたちは祈り読みをするとき、思いを霊に付けて、霊を活用する必要があります!...
2015年3月7日 | 召された証し
私の学生生活、社会人生活は、人や環境に恵まれ、悩んだり落ち込んだり、ストレスを感じることがあまりなく毎日楽しく過ごしてきました。なので、私の生活には主が必要なかったのです。私にとって主はとても怖い存在でした。何か環境を与え、自分を困らせる方という風に思っていました。...
2015年3月7日 | 召された証し
私は未信者の父とクリスチャンの母の間に次女として生まれました。地元には健常者の集会がありません。しかし聴障の祖父母がクリスチャンであったので私は小学5年生の時にバプテスマされました。月に一度、隣の県から姉妹が来てくださり子供集会を開いてくださいました。子供集会といっても当時は姉と私と妹の三姉妹しかいませんでした。私は中学・高校に進学し、学校が忙しくなって、月1の子供集会へも行かなくなってしまいました。しかし5月と9月の特別集会には毎年必ず祖父母が連れていってくれました。地元の姉妹の友達がいなかった私はいつも妹と一緒にいました。私は祖母...