詩歌758 ベタニアにて別れし後
歌詞
1. ベタニアにてわかれしあと、
こころにむなしさあり、
主がここにおられないのに、
どうしてうたえようか?
ひとりさびしく夜まわりし、
やくそくをおもい起こす;
主よ、いつの日まで待つのか?
主よ、はやくじょう就しませや。
3. なれの臨ざいきょう受するが、
なお欠けた感かくあり;
なが照らし、なぐさめあるが、
いまだ満たされ得ない!
へい安のなかで孤どく感じ、
なお、ためいきが出てくる、
わがこころ満たされぬのは、
いまだなれとまみえぬゆえ。
5. 主よ、やくそくおもい起こし、
待たせず、とく来ませや。
あの日からいくとせ待てど、
いまだ、なれかえり来ぬ!
主よ、いつまで待つのですか?
なれをしたい、待ちわびる!
いつの日、やくそくじょう就す?
たずさえ上げを待ちのぞむ。
7. さい臨をおもい、なみだする、
わがねがい聞き入れて、
いますぐわれをむかえ入れ、
なれに相まみえさせよ;
召かいはさけぶ、来たりませ!
聖徒らさけぶ、来たりませ!
れき代の積み上げたさけび、
主よ、いまこそ聞きたまえや!
全訳
1. ベタニアであなたがわたしたちと別れた後
わたしの心は穴があいたようで、
ほかのもので補うことはできません。
わたしは河原に座り、琴を柳の木にかけます。
あなたがここにおられないのに、
わたしは弾く気になれるでしょうか?
わたしは深夜、孤独で静かにいる時、
(この時わたしは耐え忍ぶことができず、
何の享受もありません)
思わずため息をつき、
あなたがいかに遠いかを思い、
あなたがずっと前に
約束された来臨を思い起こします。
3. わたしはここで
あなたの臨在を享受することができますが、
わたしの深い所でなおも遺憾に感じます。
あなたの照らしがあり、慰めもありますが、
何かわたしの知らないものがあり、
なおも満たされないものがあります!
平安の中でわたしはなおも孤独を感じ、
喜びの時、わたしはなおもため息を免れず、
最も満足を感じる時も
なお満足感がありません。
それは、わたしがまだ
あなたにまみえていないからです。
5. 主よ、あなたは再臨して、わたしを迎え、
あなたと共におらせると約束されたのを
お忘れになったのでしょうか?
しかし一日、また一年が過ぎ去り、
わたしはなおも待ち望んでいますが、
あなたはまだ戻って来られません!
主よ、どうか覚えてください。
わたしはもう待ちくたびれています。
しかしあなたの様子は、
なおも当初のように遠いのです!
どれほど?どれほど?後どれほどの
時が必要で、あなたが約束を成就し、
わたしを携え上げてくださるのでしょうか?
7. わたしはすでに、長く待ち望んできたことを
思い返す時、ため息を禁じ得ず、
頭を垂れて独りで涙を流します。
どうかもはや遅くして、わたしの要求を
聞かないようなことをしないで、
今すぐにもわたしを迎え、
あなたにまみえさせてください。
来たりませ!わたしの主よ、
これが召会の叫びです!
来たりませ!わたしの主よ、
どうか聖徒の促しを聞いてください!
来たりませ!歴代の積み上げた共鳴を、
わたしの主よ、どうか今日という日に
まとめて聞いてください!
詩歌758
II ペテロ3:12前半
「神の日の到来を待ち望み、また早めればよいのでしょうか?」
啓示録22:20
「これらのことを証しする方が言われる、「しかり、わたしはすぐに来る」。アーメン、主イエスよ、来たりませ!」
主は、「わたしはすぐに来る」と言われました。これに対するわたしたちの応答は、「アーメン、主イエスよ、来たりませ!」であるべきです。聖書は、主の再臨を願い求める祈りをもって締めくくられています。今日、地上に生きている信者として、わたしたちは主の再臨を切に待ち望む者であるべきです。
この詩歌は、ウォッチマン・ニー兄弟によって書かれたものです。この詩歌の歌詞は、わたしたちが単に主の再臨を期待するだけでなく、その再臨を早める者であるべきことを思い起こさせてくださいます。
ペテロの第二の手紙第3章12節前半には、「神の日の到来を待ち望み、また早めればよいのでしょうか?…」と書いています。わたしたちは主の再臨を早める者であるべきです!
わたしはこの詩歌では特に3節と7節の歌詞を享受しました。3節においては、たとえわたしたちが主の臨在を享受し、照らしと慰めを受けていたとしても、主が戻って来られるまでは完全に満足することはなく、最も満ち足りていると感じる時でさえ、なお主を顔と顔を合わせて見たいという静かな切望が残っているとあります。さらに7節では、この主の再臨への切望が、個人的なものだけではなく、団体的な事柄でもあることを語っています。歴代を通して、主に戻って来ていただきたいという叫びがあります。今日、主は戻って来たいと願っておられます!もしわたしたち皆がこの詩歌の感覚の中に入り、このように主の再臨を切に待ち望むなら、主は必ずわたしたちの呼びかけに応え、戻って来てくださるでしょう。