私は関西訪問中に胃腸炎にかかった時、多くの兄弟姉妹に迷惑をかけ、徳島の兄弟姉妹とのブレンディングと6月訓練にあずかる貴重な機会も失った、消極的な環境だと思い、落ち込みました。しかし、もう一方で、主が起こされた環境だという感覚もあったため、主はなぜこの環境を与えられたのか、主の方法で主の時に教えて欲しいと何度も祈り、尋ね求めました。
すぐに答えは来ませんでしたが、自分の無力さを痛感していた時、看病をしてくださった徳島のある姉妹を通して、主は私にローマ8章28節を語られました。「また神を愛する者、すなわち、彼の目的にしたがって召されている者たちには、すべてが共に働いて益となることを、わたしたちは知っています」。御父はわたしたちの環境を案配し、すべてを共に働かせて、私たちの内にキリストを造り込まれ、益とならせます。この御言葉を通して、私一人だけで見れば損失のように見えるこの環境においても、すべての人、事、物を共に働かせる神は、必ずキリストのからだ全体においては益とならせるということを不思議と確信させられました。
そしてその時、自分が兄弟姉妹に迷惑をかけ、ブレンディングにあずかれないことに落胆し、主に環境のことを尋ね求めていた時でさえ、自分の個人的な神の経験を求めていた自分が、いかに個人の中にとどまっていたかを照らされました。主は、私が個人的な神の経験から、神の家の神としての、団体的な神の経験を持つことへと前進することを願っていたことを見せられた時、とても強い光を受け、目が開かれたような感覚を受けました。
主の照らしを受けた後、キリストのからだ全体の益を求め、団体的な神の経験を持つことができるよう必死に祈りました。そして臨んだ展覧集会では、訓練生の享受したキリストが展覧されるだけでなく、その場にいる兄弟姉妹の内のキリストが同時に展覧されているのが分かり、からだ全体を通してご自身が表現された事に対して、かしらであるキリストが、今とても喜んでいるという感覚を得ることができました。この団体的な神の経験は、個人的な経験よりもはるかに豊かで、はるかに甘かったと証することができます!また、ある姉妹から、体調不良で祈りの集会を休もうかと弱気になっていたのに、私の体調の状況を聞いたらいてもたってもいられなくなり、気づいたら祈りの集会に参加していて、霊を活用して享受した、という話も聞き、主のあわれみによって、すべてを共に働かせる神の御手を垣間見ることができました。個人的な神の経験から、団体的な神の経験へと前進するよう、思いが更新されたことを主に感謝します。さらに団体的な方法で神を経験し、団体的に神を表現することができますように。
22期生 I姉妹