詩歌770 新エルサレムは主の建造
歌詞
1.主よ、新エルサレムは、主のけん造、またわれのもの;
あがなわれた聖徒たちは、権威を得て、もんにはいる。
われはそのえい光したう、 主がそのなかに住むゆえ、
たとえそれがとおくても、ひとりでに、それをおもう。
2.エルサレムおもうたび、せつになれの御かおしたう;
主よ、はやくたずさえ上げ、なれのみそばにおらせよ。
なれをあいすもの、ともに、新地でなれをあいさせよ。
無限の主のあいをうたい、記ねんして、ほめたたえる。
3.よろこび、したうのは、めのう、へきぎょく、純きんでなく、
われをあいした主ご自身! こころうばうあいの主よ!
わがねがいじょう就しませ、はやくわれ引き上げられ、
永遠になれとともに住み、御かお見て、みこえを聞く。
4.新エルサレム、わがうた、主はちゅうしん、ほうしょうゆえ;
主とみすがたがあったゆえ、エルサレムはわがのぞみ!
主あって万ぶつ更しんされ、なげきなみだも過ぎ去り
安そくとよろこびは満つ、主よはやく来たりませや!
全訳
1. おお、主よ、新エルサレムはあなたの建造であり、世にいる恵みを得たすべての罪人に与えられます。
血によって贖われ、洗い清められたすべての者に、あなたは権威を与えて、その門に入ることができるようにされます。
光はその栄光であり、十分にわたしに慕わせますが、ましてわたしの主よ、あなたがその中に住んでおられるので、わたしを引き付けて遠い所を見つめさせないでいられるでしょうか?
たとえ意識して思わなくても、やはり思ってしまうのです。
2. おお、主よ、わたしはエルサレムを思うたびに、あなたの御顔を見ようと切に思います。
わたしの心はわたしが一日も早く携え上げられることを望みます。
それは、わたしが一日も早くあなたのそばに寄り添うようになるためです。
わたしの心は、一日も早く新しい地に行き、あなたを愛する人と共にあなたを愛することができ、あなたの愛は無限であると常に歌い、ご自身を捨てたあなたの愛の足跡を常に記念することを真に慕います。
3. おお、主よ、わたしが喜び慕うものは、赤めのう、エメラルド、碧玉、純金ではありません。
わたしが思っているのはあなたであり、わたしを愛している主です。
あなたは何と愛すべき方であり、何とわたしの心を奪うことでしょう!
一日も早くわたしの心の願いを成就し、わたしを御前に携え上げて、もはや離れることがないようにしてください。
わたしがあなたと共に永遠にわたって住み、常にあなたを見て、また常にあなたの御声を聞くことができますように。
4. エルサレムは愛、光、歌です。
なぜなら、あなたがその中で中心となり、褒賞となられたからです。
あなたご自身とあなたの御姿があったので、エルサレムはわたしにとって望みとなったのです!
あなたがおられるので、万物は更新され、うめきは過ぎ去り、涙は乾き、わたしの心は安息と歓喜に満ちるのです。
主よ、どうしてあなたは一日も早く現れてくださらないのでしょうか?
詩歌770首
究極的な現れ――わたしたちの目標
啓示録 21:2
わたしはまた聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように整えられて、天から出て神から下ってくるのを見た。
おお、主よ、エルサレムはあなたが建造されるもの
新エルさレムは、すべての世代にわたって神に贖われたすべての聖徒から成る、生ける構成体です。それは、キリストの配偶者としての彼の花嫁であり(ヨハネ3:29)、神の住まい、神の幕屋としての神の聖なる都です(3節)。これは、天のエルサレムであり(ヘブル12:22)、神がわたしたちのために備えてくださり、アブラハム、イサク、ヤコブが切望したものです(ヘブル11:10、16)。これはまた、上なるエルサレム、わたしたちの母なるエルサレムです(ガラテヤ4:26)。
キリストの花嫁としての新エルサレムは、夫であるキリストから出て来て、彼の配偶者となります。それは、エバが夫であるアダムから出て来て、アダムの配偶者となったのと同じです(創世記2:21~24)。彼女はキリストの命と性質の豊富にあずかることによって整えられます。
神の聖なる都として、新エルサレムは、全面的に神へ聖別され、神の聖なる性質で完全に浸透されて、神の住まいとなります。
旧約と新約の両方で、神は選びの民を配偶者、またご自身の住まいにたとえておられます。配偶者は、愛における神の満足のためであり、住まいは、表現における彼の安息のためです。これらの面はいずれも、新エルサレムにおいて究極的に完成します。彼女において、神は愛における最高の満足と、表現における最高の安息を永遠にわたって持たれます。
(『聖書 回復訳』啓示録21:2、フットノート1)
わたしは3節がとても好きです。わたしたちが喜び、慕うものは、めのうや碧玉といったものではなく、ただ愛する主ご自身です。わたしたちは物質の新エルサレムへと行くのではなく、わたしたちが新エルサレムとなります。
わたしたちクリスチャンは、ただこの目標に向かって前進しています。このような望みがあることを主に感謝します!