【志】放蕩娘だったわたしが主に仕える「志」を持つ

わたしは主を獲得しようと日々主を追い求めていますが、それはまず主がわたしを捕らえてくださったからです。 わたしは、すでに得たとか、すでに完成されているとか言うのではありません.わたしは、それを捕らえよ …

わたしは主を獲得しようと日々主を追い求めていますが、それはまず主がわたしを捕らえてくださったからです。 わたしは、すでに得たとか、すでに完成されているとか言うのではありません.わたしは、それを捕らえようと追い求めているのですが、それはわたしが、キリスト・イエスによって捕らえられているからです。ピリピ 3:12 主はわたしを選び、召し、訓練に導いてくださいました。放蕩娘だったわたしを見捨てず、絶えずあわれみと愛を注ぎ、主への愛と召会生活を回復してくださいました。訓練の中で、変動があるわたしに対して、主は変わらず大きな愛でわたしを包み、主の中にとどめてくださったことを感謝します。 今期から地元であるつくばに在る召会に派遣され、小組や奉仕を通して兄弟姉妹と交わる中で、兄弟姉妹のご家族の救いに関する主の負担がわたしにも注がれました。以前のわたしは、主に仕えるにはあまりにも力不足で、役に立たないと感じ、志を持つことすらできませんでした。しかし、多くの地方召会を訪問し、兄弟姉妹を通して表現される神がどれだけ愛があり、温かさに触れ、この温かさに、まだ救われていないご家族にも触れてほしいと思うようになりました。 今期最後の長時間の祈りで、今後の進路を主に尋ねていたとき、つくばの兄弟姉妹のご家族の救いが思い起こされました。主はわたしに負担をさらに注入してくださり、つくばに在る召会で、主の行動のために一ヶ月ささげ、協力したいという志を与えてくださいました。 ただ、あなたがたはその信仰の中に居続け、土台づけられて動揺することなく、すでに聞いた福音の望みから動かされることがないようにしなさい.この福音は天の下の全被造物に宣べ伝えられ、わたしパウロは、その奉仕者となったのです。コロサイ 1:23 今のわたしの度量の中で、主に仕え、主が注入してくださった信仰と負担を持って、主に全存在をささげて奉仕します!主が絶えずわたしの志を保ってくださいますように。 20期生 E姉妹

2025年8月19日

【真理】思いを霊につけることで、神からの啓示を理解する

「キリストを命として経験する」クラスで、人の三部分霊・魂・体の各機能について学びました。その中で思いを対処する項目に、「神の事柄が感じられるのは、わたしたちの霊の中の直覚の機能によりますが、それらが理 …

「キリストを命として経験する」クラスで、人の三部分霊・魂・体の各機能について学びました。その中で思いを対処する項目に、「神の事柄が感じられるのは、わたしたちの霊の中の直覚の機能によりますが、それらが理解されるのは、わたしたちの知性(思い)の中の理解力の機能による」ことが書かれていました。 わたしはこのことを知識として理解はしたものの、実際に、霊で主から直覚があった時にそれを理解することができず、またうまく言語化できませんでした。わたしは、主に必死で尋ね求めました。「主よ、霊で啓示されていることをわたしはなぜ実際に理解することができないのでしょうか。どのようにしたら言語化することができるのでしょうか。」主はわたしにコロサイ人への手紙第2章2節を通して、実際へと導いてくださいました。 それは、彼らの心が慰められ、彼らが愛の中で結び合わされ、理解力から来る全き確信のあらゆる豊富へと至るため、すなわち、神の奥義なるキリストを知る全き知識へと至るためです。コロサイ 2:2 この御言のフットノートには、わたしたちの思いを正しく機能させなければ、神の奥義なるキリストを知ることができないと書かれていました。わたしがいくら霊で啓示してくださるよう主に求めていても、わたしの思いが覆われ自分の観念で満ちていたので、神の奥義であるキリストを知る全き知識へと至りませんでした。霊を活用するだけではなく、思いを霊につけ、思いを正しく機能させてこそ、神の奥義であるキリストを知る知識が与えられることが語られました。 その後、1日の始まりやクラスを受ける前に、「思いを霊につけます。霊で啓示されていることを思いで理解させてください。」と祈ることで、以前と比べて、主が授業で何を語りたいか、朝ごとを通して何を見せたいか何をわたしに託したいかを理解できるようになりました。 さらに、思いを正しく機能させる個人の経験だけでなく、コロサイ人への手紙第2章2節がからだの面も含んでいることも言葉を通して開かれました。わたしたちが肢体の中で互いに心を慰め合い、愛の中で結び合わされることによって、主が見せたい、神の奥義であるキリストとキリストの奥義である召会、召会の奥義であるキリストの団体的な表現・拡大を見ることができます! クラスで学んだ知識が、祈りと主との交わりによって、コロサイ人への手紙第2章2節を通して、実際へと導かれ、真理として経験できたことを主に感謝します。 20期生 E姉妹

2025年8月19日

【務め】わたしの生活は務めと一である

神の働きの中心は、キリストのからだを建造し、神の新約のエコノミーを完成することです。これこそが、この時代における唯一の務めです。 IIコリント4:1は言います、 こういうわけで、わたしたちはあわれみを …

神の働きの中心は、キリストのからだを建造し、神の新約のエコノミーを完成することです。これこそが、この時代における唯一の務めです。 IIコリント4:1は言います、 こういうわけで、わたしたちはあわれみを得て、この務めを受けたのです、落胆しません。Ⅱコリント 4:1 この務めは、すべてのキリストの使徒たちにとって共通の唯一の務めです。彼らの数は多くても、彼らには唯一の務め、神の新約エコノミーを成就するための新契約の務めしかありません。彼らは同じ言葉を語り、すなわち、神の新約の中心性と普遍性であるキリストを語ります。使徒たちのすべての働きは、キリストを人々に供給し、彼のからだを建造し、この唯一の務めを遂行します。 訓練を通して、わたしは神の働きがキリストのからだを建造し、神のエコノミーを完成するためであることを見ました。これは、使徒たちの教えに従って、代々にわたってなされてきた唯一の務めであり、これはわたしの預言を引き上げられました。預言はキリストを語り出し、キリストを人の中へと語り込み、キリストのからだを建造するために、務めの言葉を供給することです。 これだけではなく、わたしたちの生活は務めと一でなければなりません。コリント人への第二の手紙第4章7節から18節はパウロの生活について語られました。パウロは土の器の中にある宝の力によって、十字架につけられた生活をして、復活の命を現しました。パウロの生活は主イエスが地上における生活と同じです、すなわち十字架の下にあって、復活の命を現す生活です。このような生活は主ご自身を彼の務めと一にしました。つまり彼の生活は彼の務めです。 ハレルヤ、このビジョンを見せてくださったことに感謝します。このビジョンはわたしの日常生活は変革させ、支配させ、方向付けられました。訓練生活と家庭生活のバランスが均衡を取れない時に、四方から圧迫されると感じますが、窮することはありません.出る道がないようですが、出る道が全くないのではありません。 主に感謝します。この唯一の務めにあずかり、自分の天然の力を十字架につけ、すべて主に委ねることによって、復活の命はわたしの生活において現します。主よ、進んで一生涯を明け渡します。この務めに従い、務めと一の生活をします。 20期生 S姉妹

2025年8月19日

【命】彼は必ず増し加わるが、わたしは必ず減少する。

わたしが来たのは、羊が命を得、しかも豊かに得るためである。ヨハネ 10:10 神の心には一つ願いがあります、それは人が命を得て、また命が成長させ、円熟に至り、花嫁の一部分となることです。命の成長は能力 …

わたしが来たのは、羊が命を得、しかも豊かに得るためである。ヨハネ 10:10 神の心には一つ願いがあります、それは人が命を得て、また命が成長させ、円熟に至り、花嫁の一部分となることです。命の成長は能力や知識を増やすことではなく、また奉仕が熱心になることでもありません。命の成長はわたしたちの天然の命が減少し、神の永遠の命が増し加わることです。 二期目に入って、わたしが訓練の生活に慣れてしまい、なまぬるくなって、主との新鮮な交わりを失い始めた時、わたしは人に対して様々な見方や意見に満ちていました。そして、主は外側の環境、いろいろな人や出来事を通して、わたしの「自己」に触れさせられました。最初にわたしは自分の力でそうした思いや意見を押さえようとしました。しかし、主の按配の下で、同じような状況が何度も繰り返され、わたしを悩ませ、わたしを行かせませんでした。 TAとの交わりを通して、これらの見方や意見はすべてわたしの自己から出て来たものであることに気づかされました。自己は最も建造を破壊するものであり、もし訓練の中で自己が対処されなければ、訓練を終えたら、容易に召会生活に問題をもたらします。 わたしが照らされて、主の御前に出ました。主に深く尋ね求め、主がわたしを暴露し、「自分は内側に命の成長が慕い求めていますが、自己を保留し、人に触れさせたくなくて、主に砕かれたくない状態であります。」しかし、自己が砕かれなければ、訓練を終えてもわたしが立派な自己しか残らないし、命の成長がないでしょう。 わたしは直ちに主に悔い改め、告げました「主よ、わたしを赦してください、あなたに開きます、自己から救い出してください、花嫁の一部分になりたいです。」 また、進んで人に対する見方や意見を十字架の砕きの下に置き、焦点を主につけ、詩歌と御言葉の祈り読みを必死に享受することを通して自己から救われました。 ハレルヤ!ヨハネ3:30は言います、 彼は必ず増し加わるが、わたしは必ず減少する。 命の成長は必ず自己の減少と伴います。 主よ、あなたを愛します!あなたに開き、増し加わってください。命の成長、円熟を慕い求めます、花嫁の一部分として、あなたの再臨を待ち望みます。 20期生 S姉妹

2025年8月19日

【キリストのからだ】からだの感覚の中で生きる

2025年8月6日

【志】小組を建ち上げ、責任感が生まれた

前期まで共に歩んできた小組が一旦解消され、今期からは自分たち自身で新たな小組を立ち上げることとなりました。これまでは先輩の兄弟姉妹に導かれながら、比較的受け身の姿勢で小組集会に加わっていましたが、今期 …

前期まで共に歩んできた小組が一旦解消され、今期からは自分たち自身で新たな小組を立ち上げることとなりました。これまでは先輩の兄弟姉妹に導かれながら、比較的受け身の姿勢で小組集会に加わっていましたが、今期は祈りと交わりを通して自分たちが小組を担う側となり、主のからだの中での自分の役割や責任をより強く意識させられるようになりました。 はじめは不安や戸惑いもありましたが、互いに補い合いながら進める中で、自然と責任感が出始め、小組の中で奉仕に積極的に携わるようになりました。新人・福音友人を連れてくること、詩歌を選ぶこと、集会の内容、祈り読みする御言葉、集会を導き、時間配分、柔軟に聖霊の流れを重視することなど、愛の中でたくさん奉仕する実行がありました。 また、訓練生同士で互いに祈り合い、励まし合いながらそれぞれの賜物や機能を発揮することで、小組の集会において命の流れが豊かになり、福音の労苦の甲斐もあり、バプテスマを得ることが出来て、新人たちの霊も生かされるようになっていきました。小組の実行を通して、新人がそれぞれ少しずつ成長していく様子を見る中で、キリストのからだが少しずつ建て上げられていることを実感しています。 ローマ12章4〜5節において、「私たちは一つのからだにあって、多くの肢体を持ち、そして機能において違いがあるが互いに肢体である」と語られています。私たちはそれぞれ異なる機能を持ちながらも、互いに助け合い、担い合うことができます。そして、ローマ7章4節には、「死人の中から復活された方に結び付けられたのは、私たちが神に対して実を結ぶためです」とあります。わたしたちの存在、行なうことはすべて、今や神と関係があります。そして神が、わたしたちの命の実、あふれ出として、わたしたちによってもたらされます。小組の実行を通して、私たちが神に対して豊かな実を結ぶ者とされることを切に願います。 今後も神の定められた道の訓練と実行において突破が与えられますように。神に仕える志をさらに与えてくださいますように。 21期生 T兄弟

2025年8月6日

【命】天然の熱心さが対処される

今学期の訓練を通して、わたしは自分の内にある天然の熱心さが主によって照らされ、取り扱われ、命において造り変えられるという貴重な経験をしました。 訓練が始まった当初、わたしの内側には訓練に対する強い熱意 …

今学期の訓練を通して、わたしは自分の内にある天然の熱心さが主によって照らされ、取り扱われ、命において造り変えられるという貴重な経験をしました。 訓練が始まった当初、わたしの内側には訓練に対する強い熱意があり、それによってクラスにおいても福音においても、あらゆることにおいて前進したいという熱い思いがありました。しかし、団体生活の中でその熱意にしたがって行動すると、他の肢体と調和を取ることが困難であることに気づきました。 その時のわたしは、熱心であること自体は良いことだと考えており、これが自分の天然の性情から出ているとは思っていませんでした。しかし、主との交わりの中で、この熱心さが霊からではなく、自分の古い人から出ていることが、徐々に明らかにされました。 このことが明確に暴露されたのは、神のエコノミーのクラスで「ヤコブの手紙の結晶の学び」を通してでした。使徒行伝で見られるようにヤコブはとても熱心で敬虔であり、聖徒たちの間では敬われる存在でした。しかしヤコブの手紙には、多くの混合が見られます。それは、旧契約と新契約の混合、恵みと律法の混合、古い天然の人と新しく再生された人の混合です。彼の手紙は、クリスチャンの実行上の完成を重視しており、そこには 三一の神、 すべてを含むキリスト、 究極的に完成されたその霊、 神聖な三一の分与 といった神のエコノミーに関する要素は、ほとんど見られませんでした。つまり、ヤコブの焦点は、律法を守ることによって敬虔な生活をすることにあり、彼は神のエコノミーのビジョンに対して曖昧でした。 しかし、神の永遠のエコノミーは、自己を改善し、敬虔な生活をすることではありません。神の永遠のエコノミーは、神聖な三一の分与の事柄です。うなわち、神の永遠のエコノミーにおける真の完成とは、 三一の神、 すべてを含むキリスト、 究極的に完成されたその霊、 神聖な命、 十字架と復活の力 によって、 神聖な命と神聖な性質を持つ団体の神・人を生み出すこと です。これは自己の努力や改善によって完成されるものではなく、キリストを生きることによって、また神聖な三一の分与によってのみ成し遂げられるものです。 このビジョンを見たとき、わたしは、自己、天然の人、古い人には神のエコノミーにおいて地位がないことを知りました。さらに、わたしの天然の熱心さは、神の目的を成就するどころか、からだの「一」を破壊するものであることが示されました。 その後、わたしは主の前に出て、罪を告白し、悔い改め、日々霊の中で主との交わりを持ちました。すると、この天然の熱心さが徐々に対処されていくのを感じました。そして今では、以前のように他の肢体と組み合わされることが困難だと感じることはなくなりました。 環境自体は変わっていませんが、自分と異なる性質を持つ人を受け入れられるようになったと感じます。これによって、その霊の一を保ち、一つ思いで前進することができるようになってきています。 コリント人への第二の手紙第3章18節はいいます、 しかし、わたしたちはみな、主の栄光をおおいのない顔をもって、鏡のように見つめ、そして反映して、栄光から栄光へ、主と同じかたちへと徐々に造り変えられていきますが、それはまさに主なる霊からです。(Ⅱコリント3:18) 神の永遠のエコノミーの成就は、わたしたちの力によるのではありません。わたしたちができることは、日々主に開き、三一の神の神聖な分与を受けることです。これからも、この神聖な要素によって、絶えず造り変えられる経験をしていきたいと願います。 21期生 Y兄弟

2025年8月6日

【真理】日々の積み重ねから預言する

預言は、主のために語り、主を語りだし、キリストを人に供給することです。 しかし、キリストを人に供給するためには、自分自身がその1週間に主を享受していないと人に供給して、語ることはできません。私の今まで …

預言は、主のために語り、主を語りだし、キリストを人に供給することです。 しかし、キリストを人に供給するためには、自分自身がその1週間に主を享受していないと人に供給して、語ることはできません。私の今までの預言というのは、集会前にさっと朝ごとに目を通して、自分が享受したところをその時、その場で語るということでした。 しかし、毎日朝ごとに復興され、生活の中で言葉に触れるとき、構成されたものを語ることができます。私たちは福音友人や顧みている姉妹、また家族に対して神の言葉を語ることができます。 わたしが今日、あなたに命じるこれらの言葉を、あなたの心にとめなければならない。これをあなたの子供たちに努めて教え、あなたが家に座っている時も道を旅する時も、横になる時も起きている時も、これについて語らなければならない。これをあなたの手に結び付けて、しるしとしなければならない。それはあなたの目の間の覚えとならなければならない。あなたはこれを、あなたの家の門柱とあなたの城門に書き記さなければならない。申命記 6:6-9 聖なる言葉を語る唯一の方法とは、その霊によって生きることです。主の言葉を語りたいなら、わたしたちはその霊によって生き、その霊によって歩む必要があります。その霊によって生きるとは、その霊とミングリングされることによってです。 生活の中で主の言葉を語ることをさらに訓練されますように。 預言を通してさらに召会が建造されていきますように。 16期生 N姉妹

2020年9月7日

【真理】預言原稿を書くようになってから変わったこと

預言原稿を書くようになり、どのように預言が変化したか証しします。 訓練に入る前はアバウトな内容だけを考えて、その場でなんとなく語っていました。原稿がないため、同じことを繰り返して言うことも多くありまし …

預言原稿を書くようになり、どのように預言が変化したか証しします。 訓練に入る前はアバウトな内容だけを考えて、その場でなんとなく語っていました。原稿がないため、同じことを繰り返して言うことも多くありました。また、経験が多すぎたり、経験が全くなく、真理だけを預言するなど、バランスがあまりよくありませんでした。さらに、他の兄弟姉妹の預言を聞きながら、自分の預言を頭の中で書き足したりもしていたため、常に終わりの方まで待ってから預言していました。 預言原稿を書くようになってから、真理をベースにし、最後に少しだけ適応として経験をいれるスタイルで預言原稿を書けるようになり、バランスがよくなりました。その結果、何を分け与えするのか明確になり、強調したい点が際立つようになりました。さらに、預言原稿を書く過程において、祈りを通して主からの負担がさらに明確になり、預言原稿がただの文字ではなくなることも経験しました。書いた原稿を読みながら「主よ、これがあなたの語りたいことですか?」と聞いたり、引用した御言葉を祈り読みすることで、預言の集会の時に自由な霊の流れ出が増したと感じます。 …文字は人を殺しますが、その霊は人に命を与えるからです。Ⅱコリント 3:6 準備する者の上に聖霊がくだります。預言原稿の準備を通して、主が増し加わりますように。集会で、命の流れ出がありますように! 15期 N姉妹

2019年12月10日

【真理】断片から全体へ、知識から実際へ――主が見せてくださるビジョン

わたしは真理の面において、訓練に入る前と後について証しします。 わたしは訓練に来る前から、毎日の召会生活をとてもエンジョイしていました。シスターズハウスに一緒に住んでいた姉妹たちとあらゆる集会に参加 …

わたしは真理の面において、訓練に入る前と後について証しします。 わたしは訓練に来る前から、毎日の召会生活をとてもエンジョイしていました。シスターズハウスに一緒に住んでいた姉妹たちとあらゆる集会に参加し、年2回のビデオ訓練にも欠かさずにあずかっていました。また、訓練に入る前に、訓練候補生におすすめされている務めの書物を姉妹とすべて読みました。もちろん、内容を完全に理解したわけでなかったのですが、ここには素晴らしい真理がたくさんある!という感覚がありました。しかし、実際に訓練に来て、それまでわたしが学んだ真理は不完全で、断片的なものだったと知りました。バラバラなジグソーパズルのピースは、つなぎ合わされて「一枚の絵」になる必要がありました。主に感謝します!訓練を通して、主は完全で全体的なビジョンを見せてくださっています! また、訓練に参加する前のわたしにとって真理とは、聖書に書いてあることの解説・解釈でした。しかし、訓練に参加して、観念が変えられました!真理とは、単なる知識ではありません。解説でも、解釈でもありません!真理とは、神聖な事柄の実際、つまり主ご自身です!! 訓練では、学んだことを個人的に主に祈り返すことを学び、実行しています。分からないことも正直に主に「〜はどういう意味ですか?」「〜の実際へと導いてください」と聞きます。すると環境が起こされ、主は神聖な光で客観的な真理を照らし、主を実際として経験させてくださっています! わたしは天のビジョンに背かず、使徒行伝 26:19後半 完全で全体的なビジョンが刻み込まれる最高の環境に置かれていることを、主に感謝します!主ご自身で浸透され、ビジョンで支配され、制御されますように! 15期生 N姉妹

2019年9月27日

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