クリスチャンであることを誇れるようになりたくて

チャーチキッズとして育ち、教会が居場所 私は小さいころからチャーチキッズとして、子供小組やバイタル、家庭集会に参加してきました。小さいながら兄弟たちが楽しそうに食事をし、交わりを持ち、詩歌を歌っている …

チャーチキッズとして育ち、教会が居場所 私は小さいころからチャーチキッズとして、子供小組やバイタル、家庭集会に参加してきました。小さいながら兄弟たちが楽しそうに食事をし、交わりを持ち、詩歌を歌っているのをみて、この繋がりが自分のいるべき場所だと思っていました。 友達で教会に行くのは僕ぐらいだった ですが、大きくなるにつれて学校の友達で日曜日集会に行っているのは僕ぐらいということに気づきました。そのため、どんなにバイタルや家庭小組でエンジョイしても学校の友達には召会の話はできませんでした。親が奉仕者として召会に行っていたので中学高校の頃までは召会生活を送っていましたが、部活や学業が忙しくなり、友達との付き合いもあり、次第に召会生活から離れるようになりました。 戻るきっかけは、在職者小組 そして社会人四年目の頃になった時、召会生活に戻るきっかけが与えられました。それはN兄弟に誘われて参加するようになった在職者小組です。在職者小組では比較的年が近い兄弟姉妹も参加しており、仕事での近況を話したり、持ち寄りで愛宴をしたり、一緒に詩歌を歌ったりして召会生活をアットホームな雰囲気の中で過ごすことが出来ました。私はここで召会生活での喜びを取り戻したと思います。 その後、兄弟たちの勧めで上海へ在職者ブレンディングに参加したり、アナハイム冬の訓練に行ったりする中で「私は正常なクリスチャン生活を送れているのだろうか。熱心に聖書や書物を読んでいるわけではないし、主日や祈りの集会に毎回参加しているわけでもない。また預言を満足に語ることができるわけでもなく、福音もしたことがない。こんな状況の中、主が来られたらどう申し開きしたらよいのだろう」 と思う様になりました。もちろん、できる限り主日に参加して預言を言ったり祈りの集会に出てみましたが長続きしませんでした。 卒業生の兄の後押しで、踏み出す そんなとき、兄から全時間訓練に参加してみてはとの誘いが来たので、訓練に行くことに決めました。訓練では中途半端なクリスチャンから脱してクリスチャンであることを誇れるようになり、主から受けたタラントを増やすことのできる者となれますように。 第16期生 K兄弟

2021年11月7日

迷っていたときに書物に印象付けられて決心する

召会生活にずっといても訓練の願いは起こされず 私はチャーチキッズとして育ちました。主のあわれみによって、特に離れることなく、召会生活をしていました。私の地元の召会には全時間訓練の卒業生が多くいました …

召会生活にずっといても訓練の願いは起こされず 私はチャーチキッズとして育ちました。主のあわれみによって、特に離れることなく、召会生活をしていました。私の地元の召会には全時間訓練の卒業生が多くいましたが、訓練への願いはありませんでした。 短期訓練で訓練を意識し始めるも、迷う 大学卒業後は、就職し、これからも在職生活を続けていくのだと思っていました。訓練を意識し始めたのは昨年9月に行われた短期訓練です。訓練生がどのような生活をしているのかを知り、少しずつ願いが起こされました。しかし、福音も牧養もやったことがなく、苦手意識があり、3年間続けていた仕事をやめることにもとても抵抗がありました。就職活動で苦労して主が与えてくれた職を手放すのは惜しいとも思いました。 それから3月に訓練生の姉妹たちと再開した時、やはり訓練生は輝いていると改めて感じました。15期生は同年代の姉妹が多いこともあり、私も訓練に預かりたいと思わされました。訓練にささげることは、私にとって難しいことでした。口に出してしまえば本当にすべてささげなければならない、私はどうなるのだろうと考えていました。 書物に力付けられて決心する 私が迷っていた時に、ある書物の中で印象づけられた箇所があります。 「もし神にささげてしまえば、神がわたしに苦難を臨ませるなら、わたしはどうなるでしょうか?」。「あなたは、わたしたちの神はどのような神だと思っておられるのですか?もし言うことを聞かない子供が心を変え、今から従順になると両親に告げるなら、両親は意図的に子供にできないことをせよと言うでしょうか?神は意図的にあなたを苦しめると思いますか?神は意図的にあなたを困らせると思いますか?あなたは、神があなたの父であることを忘れています!」。 2年間の全時間訓練を主にささげます。ただ主に信頼して兄弟姉妹たちと共に主を追い求める機会が与えられたことを感謝します。主に用いられる器として建造されますように! 第16期生 N姉妹

2021年11月7日

与えられた仕事をやめることに対して抵抗があったけど

私は、両親ともにクリスチャンの家庭で育ちましたが、主観的な経験や、召会生活をエンジョイした経験に欠けていました。正直にいうと、集会は嫌いでした。召会は、私にとって仲の良い友達と会える場であって、真理を …

私は、両親ともにクリスチャンの家庭で育ちましたが、主観的な経験や、召会生活をエンジョイした経験に欠けていました。正直にいうと、集会は嫌いでした。召会は、私にとって仲の良い友達と会える場であって、真理を積極的に学びたいとは思っていませんでした。 日常生活で主を個人的に享受することはありましたが、大学を卒業して在職生活が始まると、忙しさでますます足は遠のきました。 そんな時、仲の良い姉妹達が何人か訓練へ参加をすると聞きました。姉妹たちは、訓練に参加するにあたって互いに励まし合い、訓練が始まってからは、召会生活をエンジョイしていました。それを見て、私も訓練に参加する願いを持ちました。 ただ、訓練に参加することが本当に神のためになるのか、自分の分なのか疑問に思っていました。就職活動をするにあたって、神に就職をささげ、いまの仕事が与えられた感覚があったからです。その、与えられた仕事を辞めることに対して、抵抗がありました。 しかし、主に感謝します。小組でこの問題について開いたときに、主はある兄弟を通して、この問題を解消してくださいました。兄弟が語ってくれたのは、イサクの例でした。創世記22章で、アブラハムは神から与えられた子、イサクをささげるよう告げられます。実行しようとしたアブラハムは、神によって祝福を得ました。このことが示しているのは、神が私たちに与えたものはすべて、最終的に神にささげもどす必要があると言うことです。 仕事を辞めるにあたって、周りの人には、もったいないと言われましたが、私も、アブラハムのように神に与えられたものを保持せず、神により頼む生活をしたいと思い、訓練への参加を決めました。不安はありましたが、訓練のために祈り始めると、不思議と環境が整えられ、自分の心配よりもスムーズに仕事を辞めることができました。 これからの2年間、一つからだの中で、兄弟姉妹と交わり、訓練されることができますように。 第16期生 M姉妹

2021年11月7日

大好きな友人に主を知ってもらいたくて

私は幼い時から、訓練生の姉妹たちに沢山顧みられ、大学を卒業したら訓練生になりたいと自然に思うようになりました。訓練生は、私の憧れの兄弟姉妹でした。 しかし大学に入学して、日常が大きく変わりました。10 …

私は幼い時から、訓練生の姉妹たちに沢山顧みられ、大学を卒業したら訓練生になりたいと自然に思うようになりました。訓練生は、私の憧れの兄弟姉妹でした。 しかし大学に入学して、日常が大きく変わりました。10時間以上大学にいるようになり、忙しさと楽しさで、主のことを忘れるようになりました。しかしそのような環境の中でも、私には福音を伝えたい友人が沢山いました。自分の友人を救いたかったけれど負担があっても御言が出てこず、とても歯痒い経験をしました。それは事情があってもう二度と会うことのできないかもしれない友人と最後に話した時のことでした。どうしても救われて欲しくてその時、語れるだけの主を全力で語りましたが、わたしには聖書の言葉が足りないと感じました。この経験からみことばで構成された人になりたいと思うようになりました。 訓練の話をすると、学んだことを教えてほしいと言ってくれる友人や、興味があって一緒に聖書を読むことのできる友人がいます。今は主の来臨が近い時代にあります。「自分の持っている主を大好きな友人にも知ってもらいたい、唯一の神である主を信じて救われてほしい」これが私が訓練に行くことを決めた理由です。 また、わたしのためにも祈ってください。それは、わたしが口を開く時、言がわたしに与えられ、福音の奥義を大胆に告げ知らせることができるためです。エペソ 6:19 訓練の中で、真理で装備され、キリストを生き、他の人に流し出す生活ができますように! 18期生 A姉妹

2021年10月22日

九段会館での訓練生の姿に憧れて

わたしは自分があわれもうとする者をあわれみ、慈しもうとする者を慈しむ。ローマ9:15 九段会館での訓練生に憧れを抱く 神の主権あるあわれみのゆえに主に感謝します。私はチャーチキッズとして育ちました。小 …

わたしは自分があわれもうとする者をあわれみ、慈しもうとする者を慈しむ。ローマ9:15 九段会館での訓練生に憧れを抱く 神の主権あるあわれみのゆえに主に感謝します。私はチャーチキッズとして育ちました。小学校の頃、同年代の兄弟姉妹と詩歌を歌うのがとても楽しかったのを今でも覚えています。個人的にも聖書を読み、祈り、とても主を享受していました。 そして中学一年生の特別集会、当時はまだ九段会館でしたが、そこでの訓練生の展覧が幼い私にはとても印象的でした。詩歌265番を歌いながら入場してくる訓練生に憧れを抱きました。中高生ブレンディングでとても主を享受している訓練生を見て、自分もあのようになりたいと思いました。そして、大学を卒業したら訓練に行きたいです、という献身もしました。その頃から私の内側には訓練に行きたいという願いがずっとありました。 離れつつも、主を享受した甘さは忘れられず しかし、高校生になった頃から召会生活があまり楽しくなくなりました。兄弟姉妹にも徐々に閉ざすようになりました。そして大学生になり、忙しい部活にも所属し、何とかギリギリで召会にいる、そのような状態になりました。一方で、そのような状態でも自分には主が必要であることは漠然と感じており、以前主を享受したこと、そしてその甘さ、素晴らしさを忘れることは出来ませんでした。 なので、自ら選んで部活に所属し、この世で忙しくしていたにも関わらず、「何の妨げもなくただひたすら主を享受できる訓練はどんなに素晴らしいだろうか」とずっと思っていました。 主はわたしをあわれんでくださり、召会にとどめ、訓練参加への願いを保ち、そして実際に全時間訓練へと導いて下さいました。主に感謝します。 2021年02月04日 訓練13期生 S兄弟

2021年2月4日

復活の力で前進し、召会生活のために訓練へ

主の恵みと兄弟姉妹の多くの祈り、また支えがあり、このように訓練があることを感謝します。私は2年間の在職生活を経て、訓練へ導かれました。 二年間の在職生活で後退していた 在職時は仕事に追われる日々で、兄 …

主の恵みと兄弟姉妹の多くの祈り、また支えがあり、このように訓練があることを感謝します。私は2年間の在職生活を経て、訓練へ導かれました。 二年間の在職生活で後退していた 在職時は仕事に追われる日々で、兄弟姉妹と交わる機会は在職前に比べて、極端に減っていきました。主日の集会だけでなく、特別集会やブレンディングの機会等にも参加できなくなり、私の召会生活は日に日に後退していきました。 個人的な不安から召会全体に対する不安へ 2019年になり、在職3年目に差しかかろうとしていた時、来年度の進退を考えていました。その時、このまま召会生活が後退し続けたら、私を含め、特に掛川にいる他の若い兄弟たちはどうなってしまうのかと、今後の召会生活に対して不安を感じるようになりました。 享受が増すにつれて供給が押し寄せる そのように感じ始めた頃から、11月の東海・全国特別集会への参加に始まり、冬の中高生バイタルへの参加、結婚集会への参加、同年代の兄弟たちとの電話での交わり、掛川での集会の中で、今までになく主を享受し始めるようになりました。不思議と環境が起こされ始め、また内側からも何か湧き上がるものがあり、ただその環境に開くだけで、多く供給が押し寄せてきました。 主からの促しに逆らうことができず 訓練に行くにあたって、「上司に怒られるんじゃないか」「姉と同期になるのは避けたい」「こんな状態で訓練やっていけるのだろうか」と不安に思うこと、妨げもありましたが、日ごとに享受が増し加わる中で、主からの促しに逆らうことはできませんでした。そして、この職場にとどまり続けることはできないと感じ、訓練への参加を決めました。 キリストと彼の復活の力と彼の苦難の交わりとを知り、彼の死に同形化されて、 ピリピ3:10 主に感謝します。私たちはキリストの復活の力にあずかり、またそれを享受する時、彼の苦難にあずかり、彼の死に同形化され、十字架につけられた命を生きることができます。私たちは、からだの中で、復活の力の実際であるその霊の供給にあずかる時、前進を持つことができます。この2年間、キリストのからだの建造の為に、多くの兄弟姉妹とブレンディングされ、からだの一を享受することができますように。 第15期生 W兄弟

2020年11月7日

中学時代の憧れがやがて大いなる決意へ

那覇の土台を築いた聖徒たちに憧れる 私は中学生の時、家族と初めて回復の召会に行きました。その時沖縄にはまだ糸満にしか地方召会はなく、那覇に召会ができた時、多くの本土の兄弟姉妹や、奉仕者、台湾の訓練生が …

那覇の土台を築いた聖徒たちに憧れる 私は中学生の時、家族と初めて回復の召会に行きました。その時沖縄にはまだ糸満にしか地方召会はなく、那覇に召会ができた時、多くの本土の兄弟姉妹や、奉仕者、台湾の訓練生が主に導かれ、那覇の土台造りをしてくれました。彼らと共に何年も召会生活をし、福音や奉仕をする中で、幼い私は彼らから溢れるキリストに魅了されました。彼らはメイクや派手な服も着けていないのに、何か惹かれるものがあり、そこで私もこうなりたいと願うようになりました。 中三の時、訓練センターでの宿泊で願いが起こされる 中学三年生の時に訓練センターに数日間宿泊する機会が与えられました。朝早く起きて、みんなで声を出して主の名を呼んだ時、とても新鮮で親密な感覚があり、早くこのような生活を送りたいと思っていました。 高校の時、訓練参加を宣言する 高校生になった時には、今の私の訓練への決意を確固とした出来事が起きました。それは、訓練センターの黒板の前で「7年後に訓練に行きます!」と宣言したことです。その後、毎年毎年このことが思い起こされ、他の道に大きく逸れることから私を救ってくれました。 大学の時、一度は離れるも献身の宣言を思い起こされる 月日は流れ大学生に入り、この世の娯楽や友人との交流により、完全にキリストを中心とする生活から離れてしまいました。訓練への願いも減少し、集会に行っても内側から喜びがなく、水の流れが止まっていました。 しかし、こんな時でさえいつも高校生で行った宣言が思い起これ、卒業したら訓練に行くという事が頭の中にありました。そこで、試しに短期訓練に参加しました。それでもまだ就職しようか訓練に行こうか迷いがありました。 この世の虚偽を見せられ、ついに訓練参加を決意 とうとう大学生活残り半年という時に、主が大きな環境を私に与えられました。その時目からウロコが取れたように、この世の邪悪さや堕落した状態に気づき、早く主がこの地を回復して欲しいと願うようになりました。今までサタンに虚偽の光景を見せられていたかのように、見る世界が全く変わりました。幼い頃から主を信じていながら、ここで初めて自分からキリストを本気で求めました。大きく助けられたのが、ある姉妹と共に聖書や書物を電話で読んだことで、それにより更に霊が強められ、徐々に死の状態から回復することができ、今まで訓練への決意が曖昧だったのが、このことで「主よ、2年間完全に献げます」と言うことができました。 完全な献身に次ぐ多くの祝福 確信した後、多くの祝福がありました。アナハイムの冬トレに参加できたり、小組みを私の家で開けたり、友人に訓練に行くことを伝える度に福音できたりしました。更に祝福なのは、今年一緒に訓練にいく数名の姉妹たちと毎週電話で交わる機会が与えられたことでした。『訓練会』と題して、みんなで自分の問題や、エンジョイしたキリストについて交わり祈りました。その姉妹たちと共に今、全時間訓練に預かれていることを感謝します。私は訓練に行ったら軍隊として整えられるのかなって思っていたのですが、この訓練は行く前から始まっていたことに気づかされました。更に多くの若者が主の高さ、深さ、長さ、大きさを知り、この世の虚しさを認識することができますように。 2019年12月04日 第15期生 M姉妹

2019年12月4日

主の愛に動機づけられささげる

私が訓練への参加を決心したのは、在職2年目 の11月頃でした。その頃、浜松で全国特別集会が 開かれ、メッセージでの語りかけや奉仕にあずかる中で、内側が照らされ、訓練の必要を感じ、訓練への参加を決心しま …

私が訓練への参加を決心したのは、在職2年目 の11月頃でした。その頃、浜松で全国特別集会が 開かれ、メッセージでの語りかけや奉仕にあずかる中で、内側が照らされ、訓練の必要を感じ、訓練への参加を決心しました。私の職場では11月に上司との中間面談があり、その時に訓練に参加する旨を上司に伝えようと考えていました。 しかし、面談の前に、同じ現場の先輩が産休に入り、また別の2人の先輩が退職することを聞きました。それを聞いた時、非常に失望し、訓練へ参加することを完全に諦めてしまいました。しかし、 この環境はわたしを、最も親密で、愛情に満ちた主との交わりへともたらしました。あらゆることを主に告白し、悔い改め、時間を費やして主と交わりました。その中で与えられた御言がローマ 8:39でした。 高いものも、深いものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにある神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないと、わたしは確信するからです。ローマ 8:39 このような主の愛が、わたしに主を愛させ、動機付けて主にささげさせました。その後、私は3月の予備訓練から参加することができました。私は今尚、主にささげることは甘く、素晴らしい特権であると証しすることができます。主を愛する者には、すべてが共に働いて益となることをわたしたちは知っています。ですから、主にささげることは決して無駄ではありません。主を愛する青年の兄弟姉妹の前途を、主が祝福してくださいますように。 15期生 W兄弟

2019年11月7日

主をエンジョイした甘さを思い出して

わたしは自分があわれもうとする者をあわれみ、慈しもうとする者を慈しむ。ローマ9:15 神の主権あるあわれみのゆえに主に感謝します。私はチャーチキッズとして育ちました。小学校の頃、同年代の兄弟姉妹と詩歌 …

わたしは自分があわれもうとする者をあわれみ、慈しもうとする者を慈しむ。ローマ9:15 神の主権あるあわれみのゆえに主に感謝します。私はチャーチキッズとして育ちました。小学校の頃、同年代の兄弟姉妹と詩歌を歌うのがとても楽しかったのを今でも覚えています。個人的にも聖書を読み、祈り、とても主を享受していました。 そして中学一年生の特別集会、当時はまだ九段会館でしたが、そこでの訓練生の展覧が幼い私にはとても印象的でした。詩歌265番を歌いながら入場してくる訓練生に憧れを抱きました。中高生ブレンディングでとても主を享受している訓練生を見て、自分もあのようになりたいと思いました。そして、大学を卒業したら訓練に行きたいです、という献身もしました。その頃から私の内側には訓練に行きたいという願いがずっとありました。しかし、高校生になった頃から召会生活があまり楽しくなくなりました。兄弟姉妹にも徐々に閉ざすようになりました。 そして大学生になり、忙しい部活にも所属し、何とかギリギリで召会にいる、そのような状態になりました。一方で、そのような状態でも自分には主が必要であることは漠然と感じており、以前主を享受したこと、そしてその甘さ、素晴らしさを忘れることは出来ませんでした。なので、自ら選んで部活に所属し、この世で忙しくしていたにも関わらず、「何の妨げもなくただひたすら主を享受できる訓練はどんなに素晴らしいだろうか」とずっと思っていました。 主はわたしをあわれんでくださり、召会にとどめ、訓練参加への願いを保ち、そして実際に全時間訓練へと導いて下さいました。主に感謝します。 13期生 S兄弟

2019年11月7日

集中講義で見いだした、訓練を選ぶのに至る道

わたしは大学二年生の時、東京全時間訓練の集中講義に参加しました。そこで印象付けられたのは、主イエス・キリストを享受することによって、主の選択を取ることができる、ということでした。 イザヤ7:15は言い …

わたしは大学二年生の時、東京全時間訓練の集中講義に参加しました。そこで印象付けられたのは、主イエス・キリストを享受することによって、主の選択を取ることができる、ということでした。 イザヤ7:15は言います、 彼はバターと蜜を食べ、いかに悪を捨て、善を選ぶかを知るに至る。 バターは神の恵みを示し、蜜は神の愛を示します。神の恵みと神の愛を日々享受することによって、神の選択を取ることができます。私はこれを聞いた時、まだ進路について何も考えていませんでした。しかし、主に献げたい気持ちはありましたので、選択を迫られた時に主の選択を取れるよう、毎日とにかく主を享受しようと決意しました。 日々主を享受していく中で、進路の選択を迫られて主の御前に持ち出したとき、全時間訓練に行くことに平安があり、またそれを選択することに抵抗はありませんでした。私たちは日々主を享受することによって、主の選択を取ることができます。ハレルヤ! 2019年10月31日 第13期生 S兄弟

2019年10月31日

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